この1行だけでも本を読む価値がある!←は?と思ってた過去

どうも、しょーへいです。

 

 

僕は前々からずっと疑問に思ってたことがありました。

それがこういった類の言葉。

 

「この本はこの1行読めただけで元が取れたわ。」

 

僕はそれを聞くだび思ってた。

それだいぶ大げさじゃないか??って。

 

本といったら多かれ少なかれ色々ありますけど、

だいたい200ページが平均かなと思います。

 

 

僕もここ最近1日に3〜4冊見ることが増えてきましたが、

だいたいそこらへんの分量が相場です。

 

 

ってなってくるとその中の1行って

めちゃくちゃ少ないです。

 

 

1ページの中に15行以上はおおよそあるから

1行っていったら全体の0.1%には絶対に満たないです。

 

 

1000行あっても重要なのが1行あるかないかくらいなのに

元が取れたとか本の値段の何倍も価値あるとか

どういう読み方してるんだと

僕は不思議で不思議で仕方なかったです。

 

 

しかもそれを言うのはほとんど

僕よりも本を読んでる人たちなんですよね。

 

そして必ずといっていいほど自分よりも

勉強家でお金も稼いでいて信頼できる人だったりします。

 

 

自分よりも経験値が上で

実際に成功してる人が言うことだから

客観的に見れば頭がおかしいのは僕の方です。

 

 

でもそれは認められない。

というかマジでこの人たちの言ってることは意味がわからない。

全くの意味不明なのです。

 

 

だから正直僕は

「あーこの人たちは1行でも俺は価値を見出せるんだぜってアピールしたんだな」

とかいう暴論にたどり着きました笑

 

自分が無知なだけなのに

こんなこと思うとはまぁ恐ろしいです。

 

 

とはいえ本を読むことに関しては勉強になるし、

好きだったので着々と読み続けてました。

 

 

読んではブログや動画でアウトプットして、

フィードバックもらったりします。

 

こうして知識が定着して喋れることが増えてくのが楽しいのも

僕が読書するモチベにはすごく貢献しました。

 

 

で、つい最近

出版業界に関して赤裸々に書かれた小説を読んでるとこんな一節がありました。

 

「世界中のブログで1番使われてる言語は日本語なんだぜ。」

 

 

僕は衝撃を受けた。

日本語を使えるのは世界で1億人ちょっと。

日本人以外を入れたとしても2億いかないはず。

 

世界にはだいたい70億人以上いるし、

どう考えても英語とかの方が圧倒的に多そうです。

 

 

ちなみにこのデータは2006年のもので

当時の日本語のシェアは35%以上。

 

 

日本語だけで35%とか意外すぎて驚きました。

 

10年も前の話だから

今では違うでしょうけど。

 

 

でもこの2006年の事実が

衝撃的であることは変わらないです。

 

 

これ見て僕はいろんなアイデアが浮かびました。

 

日本人って本当は

自己表現したくてしたくてしょうがない病なんだなとか。

 

外国人は言いたいことをリアルでズバッというから

ネットでは書かないで、

反対に日本人はリアルでいえないからネットで書くのか?とか。

 

 

こういう話は情報発信の話をするときとかに

ネタとして使えそうです。

(実際今もブログに書いてるし笑)

 

 

で、こうやって本を読んでる途中なのに、

頭の中であれやこれやと思考し始めて

超高速で脳が回り始めたんです。

 

 

そういや情報発信やることにハードル感じる人たまにいるけど、

世の中に情報発信してない人いないでしょ。

 

だって人と話すことも情報発信だし、

ツイッターの140字も極論言えばLINEの返事も同じ。

 

みんな普段やってることなのに

どうしてブログになると抵抗するのか?

YouTubeだと抵抗するのか?

 

 

まぁこんな感じで本を読むどころではなくなってしまって、

1回本閉じてメモを取りまくりました笑

 

 

で、このときについあの言葉が頭のなかで想起しました。

「この本はこの1行読めただけで元が取れたわ。」

 

 

 

ついにこの言葉を実感するときがきたかと

心のなかで嬉しさと悲しさがこみ上げてきました。

 

 

やっとあの勉強家たちが言ってることと分かり合えた嬉しさと

昔の自分がクソだと自覚せざるを得ない悲しさ。

 

 

ちなみに今回みたいな経験は1度ではないです。

何度も何度もあります。

 

昔はこの人何言ってるんだ?と意味不明だったけど、

今ではそんなことを思ってた自分が恥ずかしくなる経験。

 

 

例えばぼくがこのブログを書き始めた時も

どうしようもなくひどかったです。

 

いわゆる成功者が言ってることに

なんの共感も理解もできなかったです。

 

 

情報発信しろ!ブログやれ!と言われても、

こんなものになんのメリットがあるんだ?と本気で思ってた。

 

 

アウトプットしろ!と言われても

いやいや記憶力あるからインプットするだけで覚えられるし。

こんなの無意味じゃね?と余裕かましてた。

 

 

はぁぁぁぁ。

本当にダメダメすぎて頭がいたいです。

 

 

それで言われたことを一切やらないで、

何かを成し遂げようともがいてた。

 

 

でも当然結果は出ません。

 

 

だってこれやればいいのにとかこれをやれ!と

言われてるのに全部無視したらそりゃうまくいく方がおかしい。

 

 

最近は特にそれを実感する機会が多すぎます。

昔より成長したからこそ強く実感します。

 

 

その度にもっと早く素直に従っときゃよかったな。

何も知らない奴が自己流かましても事故るだけだわ。

と思うばかりです。

 

 

基本的に人間の脳では自分にとって意味がわからないことは

拒絶したり間違ってると認識します。

 

 

いや厳密に言うと、自分が受け入れられない価値観は

間違ってるんだと脳が思い込む傾向があります。

 

 

自分が間違ってるという選択肢は

いつのまにか無意識に排除されたりするんです。

 

 

これが恐ろしい。

自分の知らない間に脳が勝手に解釈してしまうのだから。

 

 

こういう時に自分を客観視できればいいんですけどね。

なかなかそれに気づくのは難しいです。

 

 

でも難しいからこそ気づいただけで

圧倒的に成長できるのも事実です。

 

じゃあ客観性を鍛えるために何したかというと、

 

 

僕がやってたのはシンプルに

いいところは誰だろうが素直に学ぶ。

悪いところは当事者意識を持って自分を戒める。

 

 

自分で気づくのが難しければ

他人を見ていいところは真似て、ダメなところは真似しない。

 

 

それが1番簡単です。

できる人は少ないですけど。

 

 

例えばこの人いいなぁとか思うところがあっても

自分を変えるのって割とできない場合が多いです。

 

いやいや自分は大丈夫だしとかいう

謎のプライドがしゃしゃり出てきたりするので。

 

 

あとはこの人ダメだなぁと思うことがあっても

自分も同じことやってることに気づかないこともあります。

 

 

そういう時こそ人のふり見て我がふり直せすると、

僕はすごくコスパが良かったです。

 

 

あとはこれを意識して続けてると、

最終的には何も考えずに自分の行動が最適化されるので楽です。

 

 

変なプライドを持たないで素直になれば、

誰だってできます。

 

いいとこは真似して、悪いとこは真似しない。

 

 

シンプルすぎて重要性が実感できない人が多いので、

実践しない人が多いですが、

僕はやって良かったし後悔は1つもないです。

 

 

これからも常に心がけて成長していきます。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【下記画像をクリックして、僕の大学3年で月収100万物語の続きを読む】



>>詳細が気になる方はコチラをクリック<<